昔のような自然な生活には戻れない?

 

 最近よく皆さんも地球温暖化の話をきかれることが多いとは思いますが、日本においても突風など、異常な気象現象を昔より多く感じる方もおられるのではないでしょうか。
  京都に下宿していたころ、臨済宗の大本山妙心寺が近くにあり何度か行かせていただきました。京都ですから、京都の端ににあるとはいえども小名浜よりは人口もかなりあるとおもわれます。その広大な寺城に畑があるようで、以前テレビで禅の修業にこられた外国の方がおられました。その方が、肥えの当番になりまして畑に肥えをまこうとしていた時に修行僧の先輩がこられまして、肥えに指をつっこんで味見をしたということです。
  日本人である私も驚きましたが、その外国人の修行僧にとってみたら腰を抜かすほどのショッキングな出来事であったのではないでしょうか。その先輩修行僧は、味見をした後、「これくらい発酵していれば畑にまいてもいいよ」といわれたようです。
  昔、私が小さいころ心光寺でも畑の中に肥溜めがありまして、たまにどこかの子供が落ちたといううわさ話もきいたことがありました。江戸時代のころは、人糞が商品として流通していたおかげで江戸の町はきれいに保たれていたという話も聞きます。もとよりお寺というところは、自然に即して生活をしていた、大げさに言うとエコロジー的なライフスタイルを保っていたところであったと思います。
  今でも心光寺には、コンクリートの大きな土管が二つありまして、いつかは肥溜めを復活させたいと私は考えております。しかしながら、肥溜めを知らない今の子供が肥溜めに落ちたら、それこそ裁判ざたになってしまうのではないでしょうか。
  本当にコエー(・・・)時代だと思います。

心光寺 宗川 太洋

 

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