海隣 平成20年 (2008) 6月 寺報かいりん 第6号

平成10年28日(火) 
大本山光明寺ご法主 宮林昭彦台下 ご巡教
皆様お誘い合わせの上どうぞお参り下さい。

 

大本山光明寺ご法主 宮林昭彦台下 ご巡教

 来る平成23年は私たちの浄土宗の宗祖であります法然上人の800年の大遠忌を迎えます。浄土宗ではそのお待ち受けと致しまして、浄土宗ご門主、各大本山ご法主が全国の浄土宗寺院を会所といたしまして檀信徒の皆さまへ法然上人のお念仏のみ教えを説かれるご巡教が行われております。
  当山ではこの秋、平成20年10月28日(火)に大本山光明寺(神奈川県鎌倉市)のご法主であります宮林昭彦台下のご巡教のご縁を頂戴いたしました。(予定)大変有難いことと存じます。
  今からおよそ830年前に法然上人の開宗されました浄土宗の教えとは、『阿弥陀仏の平等のお慈悲(じひ)を信じ、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」とみ名を称(とな)えて、人格を高め、社会のためにつくし、明るいやすらかな毎日を送り、お浄土に生まれることを願う信仰です。』でございます。ご巡教の当日は浜通りの各ご寺院より多くの檀信徒の方のご参拝をいただけるかと思います。当山におきましても法然上人のみ教えを私たちにわかり易くお説きくださいます宮林台下を檀信徒の皆さまと共々にお待ち申し上げたく存じます。
  尚、時間等の詳細につきましてはあらためましてのご案内とさせていただきます。                          

合掌
心光寺 住職 宗川太洋

・・・お浄土よりのメッセージ・・・二

 『今日一日を悔いなく過ごそう 人間なるが故の喜びを』

 だれでも幸福になったのを見て、心から喜び祝福を惜しまないことにしよう。決してそねんだり、うらやんだりしないことだ。そして、自分も幸福になろうと努力するのが肝要。

 悲しいのはあなただけでも私だけでもない。だからいたわりあうことにしよう。
  苦しいのはあなただけでも私だけでもない。だから助け合うことにしよう。
  寂しいのはあなただけでも私だけでもない。だから慰めあうことにしよう。 

心光寺 弁天さまの御池に泳ぐ鯉
心光寺 弁天さまの御池

  人を責めたらきりがない。必ず自分も責められる。人を憎んだらきりがない自分も恨まれる。人をうらやんでも何も生まれはしない。
  われ自ら薪炭となって、人々の心を温めん。
  われ自ら薬餌となって、心の病をなおさん。
  われ自ら縫い針となって、心のほころびをつくろわん。
  いつも澄んだ心で今日から明日へと毎日自らを高め、進歩させていこう。

 だれだって、一日は二十四時間しかない。二十四時間をどう使うかだけが、その人の人生を左右することを考えよう。
  だれにだって、朝のこない夜はない。苦しかった暗い夜を反省し、必ずくる明るい朝に希望をもって、一日一日を生きよう。
  地球は休むことなく回転している。人は休むことなく、前進するところに進歩がある。行い正しく、心改まる一日は尊い。一生のうち、たった一度しかない今日の一日を、悔いなく有意義に過ごすことにしよう。

 人の世には好ましくない事、苦しい事よりも、より好ましいことがはるかに多いと思う。
  泣きながら食事をする人、歩く人は少ないだろう。どの病院にいっても、何と病人の多いことか。自分は丈夫で過ごしている。有り難いことだ。

 人間には、すべての自由を奪われることはない。耳を、口を、目をふさがれ、手足を縛られても考える自由、夢と希望をもつ自由、努力する自由、この三つの自由は、だれも奪うことはできない。だからやれば出来るという。
  可能性を信じて、出来るまで努力を続けよう。

 私達は家族の中の一人であり、国民の一人である。
  自分一人の勝手気ままによって、多くの人に迷惑をかけたり、不利を招いたりすることは、決して許されないことを考えよう。

 だれにも父と母の二人の親がある。二人には四人の親。四人には八人の親。三十五代までさかのぼっただけでも現在の自分に、三百四十三億五千九百七十三万八千人余の先祖がある。
  人間が地球に現れて三億年以上といわれる。数え切れない先祖の血と肉と精神を受け継いで、人間が生まれたことを考え、だれもが血の一滴も汚さず、子孫に伝えていこう。

 だれも、勝手に子供を産める人はいない。
  勝手に産めるなら、男の子がほしい時は男の子を、女の子が欲しい時には女の子を産めるはずだ。
  「人身受け難し」人間と生まれて本当によかった。盲でも聾でも肢体不自由でもなく、五体満足に産んで育ててもらったことは、何と有り難いことであろう。
  豚は殺されるため、鶏は卵をとられ、果ては殺されてくわれるために飼育され、虫けらは理由もなくふみつぶされる。
  人間と生まれて本当によかったことを考え、学べること、働けることに有り難さを感じつつ、人として立派に生き抜こう。

(宝国寺 四十世 柴田 祐定)

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仏教の自習時間

お 香

インドの言葉でガンダと言い、六根【眼(げん)・耳(に)・鼻(び)・舌(ぜつ)・身(しん)・意(い)の6つの感覚・認識作用】のうちの鼻根が嗅ぎ、識別する対象のもので、香気に富んだ木片や樹皮から製したものです。
  インドでは体臭などを消すために熱帯地方に多い香木から香料を取り身体に塗ったり、衣服や部屋に焼く風習があり、仏教では塗香・焼香を仏を供養する方法として用います。
香華(こうげ)として、花とともに仏供養の代表的なものです。
  原料の香木の種類から、栴檀香(せんだんこう)・沈香(じんこう)・龍脳香(りゅうのうこう)・伽羅(きゃら)・安息香などがあり、使用法から塗香に用いる香水・香油など。焼香に用いる丸香・抹香・線香などがあります。
  また、仏の功徳を香にたとえて、仏殿を香殿などともいいます。

◎ 香を捧げる時(線香の本数と抹香の回数は同じ)
1本:仏(阿弥陀仏)
2本:法(仏教でのきまり事)
3本:僧(煩悩を消す)
  仏・法・僧(三宝)ですが、浄土宗の場合、亡くなった方に捧げる時は1本でよろしいです。

数珠とロザリオはおなじもの?

  キリスト教のカトリックで用いられているロザリオ。あれを見ていますと、仏教で用いる数珠と似ていると思いませんか。それも当然で、実は同じものだったらしいです。
  数珠はインドで古くから用いられていたようで、数珠のことをインドの言葉で(サンスクリット語)で『ジャパマーラ』と言います。『ジャパ』とは「念ずる」という意味で、『マーラ』は「輪」という意味です。ですから、「念ずる時に用いる輪」という意味になります。
  当時のインドの仏教徒やヒンドゥー教徒は西側の人々との接触があり、数珠を目にしたキリスト教徒が何とも便利な小道具と思い、その名前を聞いたところ、きちんと発音を聞き分ける能力がなかったのでしょう。『ジャパマーラー』を『ジャパーマーラー』と聞き間違えたようです。『ジャパー』は「バラ」の意味で英語のローズです。それで、「バラの輪」ロザリオとなったようです。
  『ジャパ』と『ジャパー』ちょっとした聞き間違いで、念ずる輪からバラの輪になってしまったわけです。
  インドの言葉をよく知らない人が聞いたのですから、仕方のないことですね。

(浄国寺 馬目光悦)

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【行事予定】

平成20年
4月 8日   花まつり(於 自性院)
  28日   心光寺総代会総会
5月 8日   吉水講例会
5月 19日   弁天様(旧3月15日)
6月 8日   吉水講例会
7月 8日   吉水講例会
8月 9日   心光寺永代供養墓供養祭
      心光寺施餓鬼会
10月 28日 福島教区御巡教
(大本山光明寺 御法主台下)

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『はなまつり』

  先日、とある幼稚園の『はなまつり』に参加いたしました。仏教を開かれたお釈迦さまの誕生を祝うお祭りです。このお祭りは降誕会(ごうたんえ)、灌仏会(かんぶつえ)などとも言われ、お誕生日である旧暦4月8日前後、もしくは月遅れの5月に開催されております。
  はなまつりでは、お釈迦様が生まれたルンビニの花園をかたどった、花で飾った小さなお堂の中に甘茶で満たされた桶、その中には右手を上、左手を下にした誕生仏という仏像がまつられております。園児たちはひしゃくを使って誕生仏の頭へ甘茶をかけてお祝いします。また園児たちによるお舞も奉納されました。とてもかわいらしく舞う姿に親御さんの顔もいつになく、ほころんでいたでしょう。子の成長を思う者はいつもこのような笑顔でいてあげられたらと願います。

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